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2013年3月の4件の記事

2013年3月31日 (日)

猫のぬくもりと引き換えに

姑の手術は無事に済み、翌日からはどんどん動けと医者からの指示。

が・・・ 頑固者の年寄り、言うことなんぞ聞ききゃあしない。

食べ物が出ないから腹が減って動けないそうだ(笑)

今の所まだ鼻から胃まで入れてあるドレンが外れないので口からの水も食べ物も もう少しの間 お預けになっている。

今日は可愛い可愛い「ひ孫」を病院に派遣した さあ婆ちゃん、歩け!

これで食べられるようになれば退院となる(と思われる)。

この先 そうは長くないと思われる余生、思うように暮らしたらいい。

ま もともと頑固で我侭な姑 誰に言われなくても好きに暮らすだろう(笑)

こう書くと 元気な年よりのように聞こえるだろうが、やはり歳は歳、今回の賭けのような処置から どれだけ回復に向かうか 神のみぞ知るところ。

かなり難しいことは確かである。

そんなこんなで外出の多い今日この頃、留守番の心配をしなくてもいいことに少しだけホッとしている。

猫と暮らすようになってから13年、玄関の鍵をかけて留守にすることは無かった。

万が一留守の間に何かあったら猫を逃がしてほしいとお向かいの家に頼んであったし、暑い・寒いを猫なりに過ごせるように一部の窓を開けてエアコン稼動しっぱなし。

 もちろんテレビは点けっぱなしの外出だった。

(昨年の冬と比べると今年の冬は、ホカペは切る・テレビは消す・エアコンも止めるで電気代は26%の減)

それでも ヤモリを探してはいないか・手や足を舐めていないか・怖い思いや痛い思いをしていないか・トイレや風呂場の前で待ってはいないかと 頭の隅では「母やーん」と呼ぶココの声が聞こえるような気がする外出だった。

今 玄関に鍵をかけ窓を閉めて出かける。

昨日などは夕食の支度をしかけて急に病院に出かけ 帰って来たらまな板の上に切りかけたベーコンが出しっぱなしになっていた・・・

ココっちんがいたら危なかった、気の緩みに気をつけなければ(笑)

猫のぬくもりと引き換えに毎日の緊張感が薄れ 老人力が増した気がする。

今晩、先日亡くなった友人のお通夜に行ってきた。

随分と日数が空いてからの葬儀、どうやら斎場が空いてなかったらしい。

この時期 亡くなる人が多いのかなぁ・・・

満開の桜の下  ちょっと羨ましい。

2013年3月30日 (土)

バタバタの日々

2月22日に「やっと復帰~!」

と書いてから すでに一ヶ月越え・・・

今年は3年おきに開催の中学校の同窓会がある年で幹事を引き受けていた。

昨年9月に一回目の幹事会があって(開催は4月、まだ早かろうと何も決められずにいた)から二回目幹事会の連絡がないまま一月が過ぎ二月が過ぎ・・・

11月にココッちんに逝かれてしまって気分はどん底のヤモリ、ずっと放っておいたのだが とうとう2月に入って さすがにもう動かないと間に合わないからと幹事長を突き23日に集会を開いた。

爺さん婆さん14人の集会、場所が決まり 日時が決まり 予算が決まり。

さて、案内の往復はがきをどうするって・・・やるしか無いじゃん。

二次会の場所ってか? 探すしか無いじゃん。

わかったよ、やりゃぁいいんでしょ~で引き受け(笑)

3月1日に会場のホテル側との打ち合わせ。

今回は会費を削ったので 何が何でも予算内に収めなければならないし、万が一の当日キャンセルに備えての余裕も考えなければならない。

そして二次会、ホテルから近くで40~50人となるとなかなか難しいが友人の小料理屋を貸切りで確保。

中学卒業時180人を越えていた同級生はポツリポツリと数が減り 前回は163人。

今回までの3年間でさらに2人が他界したし 恩師にいたってはとうとう3人に。

時の流れをしみじみ感じる・・・

ま  そんなことの間に孫守やら何やらでバタバタ追いかけられていたわけだが その間に姑の胃癌が発覚した。

28日に書いたとおり食べるための処置ということで手術に挑み無事に生還した。

昨日は もう歩いてもいいとの事だったが なんせ90歳過ぎた姑、痛い 眠い だるいといいながら動くことを断固拒否。

まぁ手術翌日だし 少しくらい大目に見てもよさそうなものではあるが このまま寝たきりはお互い不幸だ、夕方再度出かけておどかし発破をかけてきた。優しい言葉では効き目が無いのである。

今は何とかベッドわきに置かれたポータブルトイレを自力で使う事が出来るようになっている。

ひ孫の入学式を目の前のニンジン代わりにぶら下げ、おだてたりすかしたりのエサ釣り作戦である。

口うるさい鬼嫁の顔なんぞは見たくもないが、ひ孫を目の前にぶら下げれば それには釣られるようで なんだかなぁ~ (笑)

ココの留守番を心配しなくてもいい毎日、寂しいけれど少しだけホッとしている。

さて、 もう一度病院に行ってくるかな~

車で15分、近くて助かる(^-^) 行ってきま~す

2013年3月28日 (木)

胃癌切除 ギリギリの選択

今日 姑が胃の部分切除の手術をする。

90歳を過ぎて末期の胃癌が発覚し、ずっと家族の話し合いが続いていた。

この先は癌の進行は遅いだろうし、できることならこのまま何もせず静かな毎日を過ごして欲しいと願っていた。

もう今更何もしたくないというのが姑本人の意志でもあった。

が しかし・・・

運が悪いことに癌のある場所が胃の出口で幽門の閉塞を起こし、食べたものを腸に送り出すことができないのである。

このままでは夏を越すことがかなり難しい状態(癌で ではなく衰弱で)とのことで急遽手術で一部切除し、この先短いであろう余生に食べられる時間を確保するための処置である。

入院して食事を止められ点滴での栄養補給が続いた姑、毎日「腹が減った 食わせろ」「歩かせろ」と訴える いやはや恐れ入った根性である。

数年前には 認知症の始まりかと思われていた姑、我が娘の出戻りで ひ孫が近くで暮らすようになったら ひ孫可愛さにかなりの快復を見せていた。

高齢から来る 物忘れ程度の認知症はあるもののまだまだしっかりしている姑、食べるためだけの処置だということを承知して手術に挑む。

ひもじい思いのままその時を待つか あるいはもう一度食べたいものを食べてからにするか        ある意味賭けのような手術、この先延びても数年 今回の手術で万が一の事も無いとは言い切れないが本人が納得できたらそれでいい。

それにしても 母といい姑といい あの戦争を通り過ぎた年代、強いわ・・・

入院前 突然ウナギを食べたいと言い出した姑に付き合って川魚料理屋に出かけ、変な時間に蒲焼を食べてから自分の胃がイマイチである、我々年代はへなちょこだとしみじみ思う。

そんな訳で 病院に行って来ま~す。

2013年3月27日 (水)

如月 望月 桜

願わくは花の下にて春死なむ
この如月の望月の頃
今日は2013年3月27日(旧暦2月16日) 望月 雨
昨日 3月26日(旧暦2月15日)
望月を待たずして友人が一人 まさに花の下で旅立ちました
家族揃って花見の最中 心不全だったそうです
心と体 両方の病からの立ち直りもあと今一歩
やっと家族と出かけることができるようになった矢先でした
連絡を受けてもすぐには信じられず
家を飛び出して会いに行きました
彼女の顔が穏やかで 少しだけほっとしました
長い長い病との闘い どんなに考えても答えのない悩み
今やっと すべてから開放されたのかも知れません
春  そして  桜
父を送った3月  義姉を送った4月  祖母も4月だった
ヤモリにはせつない思い出が多いこの季節
去年まで 南の窓からココっちんと見た桜
今年は一人で寂しい桜
いや 違うよね 空の上からみんなも一緒に見てるんだよね
2013327
お~~い みんな 桜が咲いたよ 空の上から見えますか
寂しくても 悲しくても 桜は大好き

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