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2010年12月の3件の記事

2010年12月31日 (金)

早かった一年

あっと言う間の一年が過ぎて、今年も残すところあと一日になってしまいました。

コメントを下さった皆様、メールを下さった皆様、、一年間ありがとうございました。

締めくくりにエリカラー装着でも日向ぼっこのココを載せます。

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 エリカラはまだ外せませんが毛皮の再生はいい所まで進みました

 そのココの毛皮の中に虹を見つけました、画像サイズが大きいですが・・・

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         なんだか嬉しくなって写真に残してみました

          今年の更新は今日が最期だと思います

    皆様にとって穏やかで楽しい年でありますようにと心から祈ります

     新しい年が皆様にとって楽しく穏やかな年になりますように。

2010年12月19日 (日)

皮膚科専門動物病院

え~と・・・何を書かなくっちゃいけなかったのかと考えて

もうとっくに旬を過ぎてしまった紅葉は要らないし。

とうとう2個しか収穫できなかったハヤトウリも要らないし。

やっと回るようになったものの怪しい自分の頸なんかどうでもいいし。

やっぱりココっちんのハゲか・・・

7月に通院を初め9月頃には今一歩の所まで再生したものの、その後一向に毛皮の再生が進む気配が無くずっとカラーを装着していたが、11月半ばあたりで悪魔のささやきが聞こえたのである。

「野猫だったら医者なんか行かないよね~カラーを外して放ってみたら結構自分で治すかも」

少々(いや かなり)の期待もあって このささやきに負けた。

11月半ばに恐る恐るカラーを外してみたら、あっと言うまに今度は左後ろ足の内ももあたりを舐めた。

足一本の内側のかかとあたりからお腹に近いところまで一気にである。

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これは11月末の写真、眩暈がしそう・・・

やっぱり無謀だった。悪魔のささやきにのってはいけなかった。

センセイからは恐ろしい提案が・・・

「もしも来年まで待っても再生してこなかったら、紹介するから他の病院に行ってみて」と。

ど 何処の? 近くにある?

「う~ん 近くはないんだけどね 皮膚科専門の病院があるんだよ。」

どこ?

「深大寺か鳩ヶ谷。」

深大寺か鳩ヶ谷? 調布の深大寺? 川口の向こうの鳩ヶ谷?

「うん。深大寺に動物皮膚科専門病院があってね、そこの先生が週に1回鳩ヶ谷の方に来てるからさぁ。」(これはセンセイの勘違いらしい、調べてみたら鳩ヶ谷は1ヶ月に1回だった)

センセイ、家のココっちん たった5分のこの病院に来るのだって大騒ぎで 鼻の頭を擦りむき 爪や牙の根元から出血するほどキャリーの網を引っかいて食いちぎるの知ってるじゃない!

深大寺(ASC)電車の乗り換えはやたら不便で、しかも駅から遠い・車でここからは1時間半コース。

鳩ヶ谷(川口動物医療センター)電車同上・車1時間コース。

鳩ヶ谷は以前の動物夜間診療所の近くだから場所は確認していた。

が・・・

昼間走るとなれば、外環か外環の側道 どちらを走っても1時間で行かれるかどうか。

「僕が一緒に行ってもいいからさぁ、そういう飼い主さんもいるんだよ。」って。

センセイ、そういう問題じゃないんだよ。一人ならどこまでだって行く。

けど ココっちんがさぁ・・・

長い時間の話し合い、結論は出ないままとうとう年末に近くなってきた。

センセイ、ポツリと一言

「まあね、原因を見つけようとしたところで今の動物医療はまだまだ未発達でさぁ、わかんない事が多いんだよ、特に猫は難しいんだよなぁ。運良く原因が見つかっても出せる薬は今と変わらないとは思うけどさ。」

じゃあココっちんに怖い思いをさせるだけなん?

一時間以上も怖い思いをさせたら精神的にもっとおかしくなっちゃいそうだ。

我が家のじじい若様ココっちん、早くハゲ治せ!

今のところ徐々に毛皮は再生してきて今一歩(何度目の今一歩 笑)

もう二度と「悪魔のささやき」にはのらないと自分に言い聞かせる。

急いては事を仕損じる。

あせらない 焦らない アセラナイ・・・・・

そうそう余談だがこのセンセイ

麻薬なんとかって言う資格もあって麻薬系鎮痛剤のフェンタニルパッチも扱う。

年のわりに日本獣医皮膚科学会のセミナーに行ったりして一応の企業努力はしてるみたい。

2010年12月14日 (火)

他人の臨終

あ~っと言う間の2週間、ぎっくり首が何とか回るようになって。

さて、溜まった写真の整理やら頂いたメールのお返事やらしなくっちゃ。

それに孫の冬休みが始まる前に年賀状も作らなきゃいけないしなぁ・・・

そんな中、突然のバタバタ勃発。

10日の夕方掛かってきた友人からの電話

「体調が悪くて病院に行ったお父さん(ご主人)がね、入院になるかも知れないんだって。荷物運びたいの車出してもらえる?」彼女自身も乳がんの手術から間もない。

いいよと応えて身支度(別におっされ~はしないけど)を整えようとしたところにまた電話。

入院荷物ができたのかと思いきや

「今度は病院から掛かってきて、すぐに来るようにって言うの」

で、猫毛のついたズボンのまま飛び出した。

病院までの15分間、彼女は不安の真っ只中で すでに泣き出していた。

大丈夫だよと言いながらもこちらだって不安。

最初の電話はご主人からで、点滴してるけど入院かもなぁと言っていたとか。

後の電話は看護士さんからで、ご家族に至急おいで頂きたいと。

何があったのか・・・

病院に着くとご主人はすでに意識が無くICUに運ばれていた。

心音も呼吸も弱く 医師いわく回復は相当に難しい状態で 会わせたい人があったら連絡をしたほうがよいと。彼女はもうショックで何も出来ない。

とにかく連絡しなくっちゃ。

彼女の携帯を取り上げ、娘さん・妹さん・甥っ子姪っ子・・・私を知ってる人にひたすら電話をかける。

そうこうしているうちには呼吸停止・心停止となり、人口呼吸器装着・心マ開始。

なんどもICUから呼び出しがかかり、その都度医師からの説明を聞く。

最初の説明の時、私は他人だからと彼女一人で行かせようとしたら一人では行かれないから一緒に来てくれと。いいのかなぁと思いながらも歩くのが精一杯の彼女を支えてICUに。

医師「え~と、奥様とそちらの方は?」

私「他人です」

医師「ご家族以外にお話してもいいんですか?」

彼女「いいです、一人では聞けないです」

医師「そうですか、奥様がいいならかまいませんけど」

・午前中の最終の受付で診察は2時頃(初診)

・2~3日前から全身のだるさで食事を摂れなかった

・吐き気と下血(彼女には言わなかったらしい)あり

・採血とCTとMRI検査をし、点滴を開始した

・途中トイレに立ち、戻る途中で意識を失い倒れた

あまりの急変に今のところ何が原因かは定かではないが、血小板の数値が1万(正常値は20万)と極端に低い、また腎臓・肝臓の数値も悪く黄疸が出ている。体調の悪化はここ数日のことでは無くもっと以前からあったと思われる。

とにかく今出来る限りの処置はするが回復はそうとうに難しいと思われるとのことだった。

その後何度かICUから呼び出しがあり、最終的には瞳孔の散大と心モニターの確認で心マ開始からおよそ1時間後、彼女の判断で心マを止めた。

6時33分・・・自分で電話を掛けてからわずか2時間。

享年70歳。

今回あまりの顛末に警察に届けを出したが、協議の結果まったく事件性はないので解剖には該当しないと。

結局は家族のだれも臨終に間に合わず女房と他人の2人で看取ったわけだ。

詳しい説明は家族が揃ったら改めてするとのこと。

そりゃあそうだ、気も動転していてボロボロの女房と他人の婆さんに説明しただけじゃあ済むはずも無い。

霊安室で彼女一人にしておくわけにもいかず、家族の到着を待って帰ってきた。

何度目だろうなぁ、あの心マと心モニター見たの・・・

何度見ても テレビドラマみたいだなって思う。

事が重大すぎて実感がないんだよね。

12日(私誕生日だった・・・)に通夜、13日に葬儀。

兄弟や親戚はみんなご高齢で、結局彼女の姪っ子と2人で受付をした。

そういえばお香典、いろいろだなぁ~と。

受付のカードの記入を面倒がったり香典袋に名字しかなかったり。

持って行くほうは気遣いのつもりかも知れないけど家族にとって本当に親切なのは名前・住所・電話番号をしっかり記入することなんだよ。

どこのどなたか家族には分からないことも多いからね。

さ~て、行かなきゃいけない所、やらなきゃならない事がいっぱいだ!

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