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2008年4月の5件の記事

2008年4月26日 (土)

ひと休み~

花が

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咲いた

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直径1センチにも満たない小さな花

引いて見たら結構きれ~い

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もっと引いたらあららら きれい!

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この花な~~んだ

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正解はこれ

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頂き物の紫大根、野菜箱に逆さに入れられて尻尾だけ見えていた。

通るたびに目には入っていてもなかなか出番が無くとうとうしなびてきたからと出してみたらすっかり塔が立って花まで持っていた。

せめて花を咲かせようと水に差したらちゃんと咲いた。

花びらの外側がうっすらピンクで可愛い花。

ごめんね~大根。紫の大根は気持ちが悪くて、何にしたらいいのか分からなかったんだよ。

今度生まれてくるときは青首大根になってきてね。

2008年4月21日 (月)

サボってます

書きたいこと、書かなくっちゃいけないことがたくさんある。

でも何をどう書いたらいいのか・・・

頭がウニ!

あたふたはまだ落ち着かない。

19日は法事で新宿へ。  お寺から見える建築中のビル。

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変わったCMをテレビで流している専門学校のビルだってさ。

な~るほど、建物も個性的だわ。

そして、ビルに埋もれた八重桜。

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昔は青空に映えて綺麗だったのに時代はこんなところもビルにしちゃった。

なんだかなぁ・・・

明日はちゃんと記事更新します。

ちょっと疲れました、おやすみなさい。

2008年4月10日 (木)

想い

このところ高齢者で持病もちの母のリハビリと施設入所についてずっと考えていた。

ギラン・バレー症候群でほとんど3ヶ月近く寝たきりだった母が、大学病院から出戻って来てからリハビリを始めたわけだが、毎晩のように熱を出した。

大学病院では病名が分かった時点ですでに1ヶ月半を過ぎていて治療は出来ないと結論付け、後はリハビリをと言いながら退院まで3週間寝たきりになっていた。この間リハビリが出来ていたらもう少し回復は早かったのかも知れない。

そして出戻った病院、リハビリテーション科はあったものの整形外科の手術後や脳外科の手術後のリハビリが多く、リウマチ持ちのギラン・バレー後廃用高齢者のリハビリの経験はなかったらしい。

大学病院でも、このリウマチでのリハビリは相当に気をつけてやる必要があって難しいとは言われていたが、やっぱりリハビリをすると熱が出た。

ギラン・バレー症候群で神経が阻害され感覚も鈍くなっていて本人が感じる痛みの境界線が関節の可動域を超えてたり、その上リハビリは痛いものと言い聞かされていた本人が痛みをじっと我慢していたりで予想以上の負荷が関節にかかっていたようだ。また、寝たきりで筋肉も退化し、骨と皮だけになった体には床のマットの薄さも堪えたようだ。肩や肩甲骨には骨が床に擦れるたびに痣のように赤くなった部分があり、そこは一晩疼いて眠れないと言っていた。そのための発熱もあったようだ。

できることならリハビリを続けて動けるようになって欲しいとの思いはあったが、体と心に負担なだけのリハビリが本当に母にとっていいのかどうか随分と考えた。相談室で見つけてくれた病院も、リウマチがあって、ギラン・バレー発症から3ヶ月も経って廃用が進んだ高齢者のリハビリがどこまで理解されるかも不安だった。転院して痛い思いをして毎日熱を出し食べるものも食べられなければ体力的には衰弱する一方だろう、そしてその150日後には衰弱したまま療養型の病院に転院となり毎日を天井を眺めながら過ごすわけで、そんなリハビリが母にとってどうしても必要なものかどうか。母の表情は日に日に暗くなってきていた。

一日中天井を見つめている日々。想像するだけで気持ちが重くなる。それでもいつか動けるようになるならとも思っていた。

特養にはいれるかもしれないとなったとき、母にはどう説明しようかと悩んだ。

6年ほど前に有料の介護施設に母と一緒に行った事があった。そのときは全然別の用事で出かけたのであって、全く見学でもなんでもなかったのだが母は用事が済む前に帰ると言い出した。そのときはこんな入所に数千万かかる高級ホテルのような立派な施設になんか入れるわけが無いと笑ったが、いつか来るかもしれない自分の姿を見たくなかったのかもしれない。この高級な有料施設でさえ、様付けで呼ばれている入所者に明るい目の光は見られなかった。ましてや介護保険での特養となれば昔の老人ホームと言うイメージが残っていて、そこに入れる事が自分にとって母を捨てるような負い目を感じてもいた。

しかし、今回の施設の見学をさせて貰ったときの明るい雰囲気に母にはここが適しているのではないかと言う思いが強くなった。母に話した時、あまりにもあっさりと特養入所を納得したのにも正直驚いた。それだけ病院での毎日が辛かったという事か。

今、施設に入所して4日が過ぎ、母は毎日をそれなりに受け入れて施設になじもうとしているらしい。少なくとも病院にいるときよりも表情は明るく、話し方も力強くなってきた。

やはり人間は人間の中で会話をしながら過ごす事が大切なんだろうと思う。

たとえそれがちょっと的外れな会話でも、天井を眺めながら言葉を発しない毎日よりはずっと生きている事を実感できるのだろう。

施設では出身地の近い人を同室にとの配慮をしてくれたようで昔々の東京の話が出来る事を喜んでいる。みんなでリハビリがてらタオルをたたんだりしながら誰かと同じ作業が出来ることも喜んでいる。

人は人の中で人によって生かされているんだ。

そんな事をふと思う。

そして・・・私も多くの人の中で助けられながら生かされている。

2008年4月 4日 (金)

本当の自分

このブログ、最初のきっかけはgecko_fieldのURLが取れるうちに登録しておいて、そのうちに自分の好きな事でも書こうと思っていた。(アンダーバーは登録できずハイフンになっちゃったけど)

そう、老後の楽しみにね。

母のドタバタが突然始まった時期と季節労働者の自分の仕事の時期が重なってしまってHPの更新が滞ってきたし(更新しなきゃなぁ・・・)遠方に住んでいる妹にその都度連絡するのも面倒だし(電話代がね・・・)と言うことで、日々の状況説明をかねて書き始めたブログだ。

突然始まった介護は予想以上にハードで、このブログもなんだか重苦しい空気が流れている。

でもね・・・本当の私はゲラである。 それも罰当たりな程のゲラである。

         だから

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    こんなのが大好き!

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   わお・・・  書いた貴方は讃岐出身?

真面目に読もうとおいでくださった方、ごめんなさい。

2008年4月 2日 (水)

今日だけは・・・(加筆あり)

昨年末に母が動けなくなってから3ヶ月半。 毎日毎日頭の中は母のことで一杯だった。

低値ながらも安定した母のことを一日だけ忘れてリフレッシュしようと老猫会の花見オフに参加させてもらった。

老猫会こぢんまりオフ会参加は平日なので6人

moomamaさんみかりんさんMintmama!さんてれじあさんゆゆさん・私

久しぶりの東京だ! 桜・さくら・サクラ 凄~い!

この辺は40年前に随分歩いたけど、こんなにサクラが咲いてたっけ・・・

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桜のトンネル、中から見上げるとこんな感じ

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各々持ち寄りのお弁当やら飲み物を並べて宴会だ!

私はお茶だよ~飲めないんだもん

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宴会の閉めは老猫会花見名物Mintmama!さんお手製の肉球白玉ぜんざい!

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忙しいのに作ってくれてありがとう。 美味しゅうございましたぁ。

2時間程の間食べて飲んで(お茶・・・しつこい)その後はmoomama宅になだれ込んでまたお茶&おしゃべり。 今度は本当に全員お茶。 

桜茶を頂き、ほうじ茶を頂き、モチケーキを頂き、お土産までいただいて 

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老猫会の姫君めいちゃんの接待を受け

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夕焼け小焼けが流れる前においとましました。久々に心穏やかな一日でした。

moomamaさん、皆さん お世話になりました。

さあて、また明日からは婆ちゃん関連であたふたか?

(そうだ、3月31日の役所の話も書かなくっちゃ)

あ~したてんきになあれ! 今日はいい夢見られるかな~

この下加筆しました

ちなみに、いただいたお土産はこれ

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中身じゃないですよ~、洋服(あたりまえか)。

おしゃれじゃなくて舐めハゲ対策の猫服、自作は舐めてボロボロになっちゃった

Nekohuku

作っている余裕が無く、いただいたものをありがたく着せてみた。 本猫、気にする風も無くご満悦(そうかな~ふ・ふ・ふ)

婆ちゃんが落ち着いたら本格的にやらなくっちゃ。

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